大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2686号 判決 1958年10月21日

控訴人 川部文子

被控訴人 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金九百六十七万四千五百四円(控訴状に九百六十七万四千五百円と記載されていることは誤記と認める」及びこれに対する昭和三十一年六月二十一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は左記のとおり述べた。

控訴人は、昭和二十八年十月十六日最高裁判所の判決言渡を受け、訴外泉キヱの提起した家屋明渡請求訴訟は理由ないことが確定し、昭和三十年九月十五日控訴人はその判決送達証明書の交付を受けて、ここに始めて千葉地方裁判所所属執行吏関英吉の本件不法行為による被害を知つたものである。従つて本件不法行為による損害賠償請求権の短期消滅時効の起算日が、控訴人が従来主張したとおり昭和三十一年一月三十日でないとしても、右の昭和三十年九月十五日がその起算日になるのであるから、被控訴人の時効の抗弁は理由がない。

当事者双方の証拠の提出援用認否は、新に控訴代理人において、当審証人中村作次郎の証言を援用したほか、原判決の摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

控訴人の本訴損害賠償請求権の成否の点はしばらくおいて、先ず被控訴人の消滅時効の抗弁について判断する。

国家賠償法第四条によれば、「国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による。」と規定しているので、同法に基く国又は公共団体に対する損害賠償請求権の消滅時効については、民法第七二四条が適用せられるのであり、従つて右債権は被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知つたときから三年間これを行使しないときは、その短期消滅時効は完成するものと解せられる。ところで、ここにいわゆる「損害を知る」とは、損害を伴うことを常態とする違法行為のなされたことを知る意味であつて、また「加害者を知る」とは、損害賠償請求の相手方となしうる者を知る意味であるけれども、国家賠償法に基く国又は公共団体の損害賠償責任については、被害者が国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員としての不法行為であることを知れば、加害者を知つたものであると解するのを相当とする。本件においては、千葉地方裁判所所属執行吏関英吉が訴外泉キヱの委任により同訴外人を原告、控訴人を被告とする千葉地方裁判所松戸支部昭和二十四年(ワ)第一〇号家屋明渡請求事件の仮執行の宣言が附された判決に基いて、昭和二十五年十月二十六日午後二時、控訴人主張の家屋につき明渡の強制執行に着手し同日右強制執行を完了したこと及び右強制執行は債務者たる控訴人(右家屋明渡請求事件の被告)に対し右判決正本が送達された以前になされたものであることは、いずれも当事者間に争のないところであつて、成立に争のない甲第一号証によれば、前記執行吏が右明渡の強制執行をするに際して、控訴人はこれに立ち会つていたことを認めることができる。そして判決正本の送達は判決に基く強制執行開始の要件であるから、執行吏が判決正本送達前に強制執行をなすことは、違法であり、また家屋明渡の強制執行は家屋の占有者たる債務者にとつて損害を生ぜしめることを常態とする行為であることが明らかである。従つて右認定の事実によれば、被害者たる控訴人は右強制執行の当日既に違法な右強制執行による損害を了知したものといわなければならない。更にまた、控訴人は前記認定のとおり右強制執行に立ち会つていたのであるから、右執行吏の執行行為は国の公権力の行使に当る公務員としての不法行為であることも、右執行の当日了知したものであると認められる。そうだとすると、仮りに控訴人主張の本件損害賠償請求権が発生したものとしても、控訴人は右強制執行のなされた昭和二十五年十月二十六日に損害及び加害者を知つたものといわなければならない。

控訴人は本件損害賠償請求権の短期消滅時効は、控訴人において加害者たる執行吏関英吉が国家公務員であり且つ賠償義務者が国であることを知つた昭和三十一年一月三十日より起算すべきものであると主張するけれども、執行吏が国の公権力の行使に当る公務員であることは、普通人ならば何人も知悉している筈であるし、また国家賠償法に基く国の損害賠償責任について「加害者を知る」とは、前段説示のとおり、被害者が国の公権力の行使に当る公務員としての不法行為であることを知ることであつて、国が賠償義務者であることを定めている国家賠償法の規定を具体的に知ることを要しないものと解するのを相当とするので、控訴人の右主張は採用できない。

次に、控訴人は右主張が理由ないとしても、控訴人と泉キヱとの間の家屋明渡請求事件は昭和二十八年十月十六日最高裁判所の判決言渡により控訴人の勝訴が確定し、昭和三十年九月十五日控訴人は右判決の送達証明書の交付を受けて、ここに始めて前記執行吏の本件不法行為による損害を知つたものであると主張する。しかしながら、本件は控訴人において、執行吏関英吉が債権者泉キヱの委任により仮執行宣言附判決に基いてなした家屋明渡の強制執行は、強制執行の基本となつた右判決正本が債務者たる控訴人(右家屋明渡事件の被告)に送達される以前になされたから、同執行吏の執行行為は不法行為であるとして国に対し損害賠償を請求するものであることは控訴人の主張自体によつて明らかであるから、泉キヱとの間の右家屋明渡請求事件における控訴人の勝敗の結果は本件不法行為の成否に影響を及ぼすものでなく、従つて控訴人の右主張も採用できない。

してみると、本件損害賠償請求権は、控訴人が損害及び加害者を知つた日の翌日である昭和二十五年十月二十七日から起算し三年を経過した昭和二十八年十月二十六日の満了とともに短期消滅時効が完成したものというべきところ、本訴提起の日が昭和三十一年二月八日であることは訴状の受附印によつて明らかであるから、被控訴人の時効の抗弁は理由がある。

よつて、その余の争点につき判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れないものであり、右と同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項を適用して棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例